葛の話シリーズ第十三話

 

クズの葉の運動

 

 

山道で谷を渡る風に一服の涼を求めて立ち止まった時、サヤサヤとクズの原に葉ずれの音を残して風が通り過ぎてゆくのに気づかれたことがあるだろう。西行法師の

 

 

葛なる鎧獄に来てみれば そよ吹く風の草ずりの音

 

 

はそんな光景を詠んだものと思われる。

 

真葛原に風が吹きつけると、葉がひるがえって原は白っぽい部分と濃緑の部分に分かれる。風の通り道でこのモザイク模様が入れ変わるように動いてゆくのは何となく涼しげに見える。筆者はそんな眺めに歩を止めて見とれていたことがある。

 

クズの葉は風に吹かれてそよぎもするが自らも運動する。マメ科植物の葉では、葉面に受ける光の強さ、方向に応じて傾斜を変えることは古くから知られ、調位運動と呼ばれている。これは葉枕の機能に対立的に働く機動細胞の大きさ、膨圧の変化から生ずる日周運動である。ダイズではこの運動の実態を定量的に捉えるとともに、多収性とどんな関係があるかを明らかにし、多収性品種の育成に役立てる試みがなされている。クズについても、米国メリランド大学の植物学者が葉の調位運動とエネルギー収支との関係を明らかにしている。

 

暑い夏の日の昼下がり、クズの葉は三つの小葉が内側へ閉じるような形で、白い裏を見せながら立ち上がっている。日暮れ刻には、逆に小葉は裏を隠すようにして外側へ閉じる。それは鳥が翼をやすめている姿に似る。調位運動による上層葉の葉面傾斜の変化は下層葉の葉面受光に大きな変化を及ぼす。クズのように基本的には単層の葉群構造をもつ植物では、小葉の屹立は地面へ到達する光の量を増し、地表面の乾燥をもたらす。雨の日には地面を直撃する雨滴の量を増す。クズを被覆作物として用いるときには、こんなことにも留意して栽植密度、肥培管理等を考えなければならない。

 

神戸大学名誉教授 津川兵衛