これらを使用して作る『生絞りモンブランのダッチベイビー』は奈良県にあるカフェ『Hackberry』の新作メニュー。ダッチベイビーとは、外は“ふわふわ”シュー生地風、そして中は“モチモチ”クレープ生地風の2つの食感が一度に楽しめるパンケーキ生地に、フルーツやクリームを乗せたスイーツのことだ。『生絞りモンブランのダッチベイビー』はこのパンケーキ生地にスポンジ、レモンカスタードクリーム、鈴の音糖(ざらめ)、ムラング(メレンゲ)、そして最後にヴィーガンモンブランを乗せた華やかなメニュー。今回はHackberryのオーナー、成田さんに話を伺った。
奈良県橿原市の中部にある、今井町。そこは現在も江戸時代そのままの情緒と風情を残し、多くの古民家が立ち並ぶ。その町の一角にある一際目を引く『Hackberry』。
足を踏み入れるとそこには1800年代のティンパネル、100年以上前の花や葉の標本など、アンティークやヴィンテージもののインテリアが所狭しと並べられており、これらは成田さんのこだわりの品々である。
また建物の構造には見学したその日のうちにここで店を出すことを決めたほど、成田さんの一押しポイントが詰まっている。1階、中2階、2階、そして地下の全部で4つのフロアからなるこの建物。忍者屋敷に入ったかのようなわくわくした感覚を覚える構造に成田さんは魅了された。この場所で店を開いた時のイメージ――この空間にアンティークの家具を置き、こだわりのメニューでお客様をもてなす時の様子――がぱっと目に浮かび、即決に至った。また内装を作るのにも3年弱の年月をかけたほどで、あの店はいつオープンするのだろうと周囲ではうわさになったのだとか。店作りは建物をリノベーションするところから始まり、その壁は納得のいくまで何度も塗り直したそうだ。しかも驚くことにその作業を自分たちの手で行ったという。それは綺麗に整えて仕上げることを仕事とする大工に、鉄枠の錆、木材の凹みなど年月の経過によってできた自然のままを活かしたいという成田さんの価値観を伝えることが難しかったからだ。
“ここにしかない”を求めるのは商品に対しても同じだ。常にお客様に対して“素敵”でありたいと考えている。そのために『生絞りモンブランのダッチベイビー』にはお客様の心を揺さぶるいくつもの“素敵”な仕掛けが存在する。
席に運ばれてくるダッチベイビーはまだ完成系ではない。そこにはモンブランケーキの要であるモンブランクリームはまだ乗っておらず、ムラング(メレンゲ)が見える状態だ。まるでタージマハルのドームのようなシルエットがお客様の心を掴む。
それから直径1mmほどの細いモンブランクリームが目の前で絞られる様子に釘付けになる。成田さん自身も初めて見た時は圧倒されたそうだ。お客様の目の前で絞ってこその“生絞り”。Hackberryでこの提供方法を実現するためにはこのモンブラン絞り器も重要な要素の一つだ。よくある設置型の大きい絞り器を置くことのできる広いスペースが店内にはなく、手で持ち運べるこのサイズがちょうど良い。お客様が席に座った状態で、そのままこの“生絞り”を見ていただくことができるのもこの絞り器を使うメリットなのだろう。
そして、パンケーキ生地の中に納まりきらない高さのモンブランケーキが出来上がる。この高さも見た目を“素敵”に見せるポイントだ。高さを出すために、ヴィ―ガンモンブラン30gを贅沢に2つ使用している。それでいて、もたっりするような甘ったるさはない。ヴィーガン仕様のペーストならではの身体に優しい甘みを活かした使い方である。「小ネタはたくさんあったほうが良い。」と成田さんは言う。
可愛らしいフォルムのムラング、モンブランクリームの生搾り、そして完成する大胆なモンブランケーキが乗ったダッチベイビー。味が整っていることはもちろんだが、それだけではなくお客様に“素敵”と思わせるちょっとした感動を何度も与え、飽きさせないことが大切なのだ。実際、モンブランのダッチベイビーを注文したお客様のほとんどがカメラを構えて生搾りの様子を撮影するのだとか。食べて楽しむだけでなく、見て楽しめる工夫によってお客様の記憶に残る時間を提供している。
成田さんは若い頃、奈良に対してあまり魅力を感じず、大阪へ出かけることが多かったという。しかし10代から20代、30代、40代と歳を重ねる中で奈良に対する気持ちがだんだんと変わっていき、奈良の良さに気づいた。それから何かの縁で生まれ育った場所、橿原に貢献できることがあればという気持ちが芽生えた。
また他府県を訪れた際、成田さん自身が惹かれる店はやはりこだわりが感じられる店だそうだ。だからこそこだわりを持ち続け、“奈良のここにしかない素敵な店Hackberry”にしたいのだ。
お客様を飽きさせない新しい“素敵”を求めながら、オンリーワンを目指すことこそが愛される店である秘訣ではないだろうか。成田さんの追求する素敵を構成する一部になれるよう、天極堂も何か力添えが出来ればと思う。(2021年8月)